クラブに行こうと渋谷に着いたのはいいものの、まだ時間が早かった。1時間くらい時間を潰したくて、アナログにこだわって音楽をかける、というレコードバーに行った。歴史の長い店との評判を聞いて前から行きたいと思っていたので良い機会だった。
地下に降りてドアを開けると、奥に細長いバーカウンター。その脇にテーブル席がある。席はほとんど埋まっていた。おれはカウンターの奥まったところに席をもらった。
音楽の音量は大きいが、誰も聴いていない。スピーカーに負けじと皆、声をはりあげて話すので店内は賑やかだった。
話をしたいなら静かな店のほうがいいのに、と頭をよぎったが、すぐに間違いだと気づいた。静かな店ではできない話があるのだ。
おれの座ったカウンターから一番近いテーブル席では、男性が4、5人集まって、談笑している。音楽の隙間から聞こえるのは、ポルノの撮影の話。制作会社の人たちらしい。大声で談笑しても周りの迷惑にならない店を選んだのだろう。
おれの隣は、白髪混じりの男性二人連れで、久しぶりの再会のようだった。二人とも懐かしそうな目をしているのだが、話すことはあまりない。ポツポツと金の話をしている。
その隣は、ハゲが新入社員を口説いていた。
それぞれ、周りを気にせず話したいことがあるからこそ、音楽のうるさい店を選んだというわけだ。サスペンスドラマで、犯人グループがパチンコ店や高架下で打ち合わせするのと同じだ。高架下じゃムードが出ないから、この店に来たわけだ。
おれは、と言うと独りで書き物をしたかったのだが思わず手を止め、音楽の隙間から漏れ聞こえる単語、会話の断片を面白がっていた。
音楽は、「70年代ベストヒット」といった選曲で邪魔にならない。例えるなら、ホームセンターのすみっこで売られているCD3枚組といった感じだ。1曲ずつレコードでかけているらしい。
この店の選曲はおれの好みには合わなかったけれど、音楽のうるさい店はいい。何かしら、楽しみ方があるもんだ。