今日もマンモスは獲れなかった。見つけることすらできなかった。獲れたのは、痩せたネズミと、足のとれたトカゲ。男たちはうなだれて帰路についた。もう、何日も腹を空かせている。
集落に帰ると灯りは消え、細い煙をあげていた。男たちは黙ったまま家族のところへ帰った。
妻が目を覚ました。おれは両方の手のひらを見せる。分け前はゼロ。妻は何も言わずにまた横になる。おれはそばに座って、少しだけ話をする。もうすっかり暗いが、少しだけでもいっしょに過ごす時間が必要だ。
最近は、狩りが遅くなる。この土地は、獲物が避けて通るようになってしまった。半日かけて歩かないと影を見ない。移動で体力を消耗し、狩りができる時間は短くなり、条件は悪い。そして帰ってくると、暗闇の中で、くぼんだ細い目が迎える。
外で誰かの声がした。抑えてはいるが、砂利の混ざった声だ。おれを呼んでいる。隣人が、話があると言う。暗闇でも、相手がこぶしを固めているのがわかった。なあに、あいつはおれよりずっと年上でえらそうな口を聞くが、手は出してこない。
狩りの時、獲物を見つけた時の合図が、見えにくかった。もっと自分に見えるようにしろ。そう同じ話を二度、隣人はくりかえした。おれはあいつの足元に視線を落とし黙っていた。あいつは跳びかかってはこない。
年寄りのくせに、おれたちが「それぞれ」目を持っていることをあいつは知らない。自分の目が見ているものが、周りのものみんなに見えていると思っている。自分から見えなければ誰にも見えていないのだと。
発達が遅れているのだろう。いや、年寄りだから進化が古いのだ。年寄りで足が遅いから見当違いのところに突っ立っていて、合図が見えないのだ。おれはこれを、口を動かさずに、考えの中だけで言った。
隣人は気がすむまで喋ると、胸をはって去っていった。あいつの世界では、あいつは英雄らしい。おれはその後ろ姿を、じっと見た。
妻に「なんでもないよ」と言って、おれは横になった。妻が「そういえば」と、このあいだ食べた四足の肉のせいで腹が痛いのでもう獲ってくるな、と言う。そういう獲物しかとれないのは体力が落ちているせいだから、毎朝運動をしろ、と。それから、おれの左肩の傷が臭うので、何かで覆って隠せと。おれは左肩を彼女にむけないよう、身体の向きをかえた。
翌日は気温が低かった。妻が寝ている間に、外に出た。水を汲みに行くまでの間に新入りが朝からつっかかってきた。
こいつは口数は多いが、何を言っているのかわからない。最近、集落の外れに住みついたばかりで、言葉もかなりちがう。どうやら、昨晩のことを聞きつけ、年寄りの機嫌を損ねるな、と言いにきたらしい。年寄り連中にとりいって、かわいがられたいのだろう。集落の中で早く居場所を作りたいのはわかる。が、おれにとっては嫌なやつでしかない。「悪いが、言葉が通じない」と言ってあしらった。新入りが大ぶりのジェスチャーをつけて、年寄りに話す姿が目に浮かぶ。
この集落は変わってしまった。新しく5戸で住み始めた頃は獲物も豊富で、みんなお互いをよく知っていた。若い夫婦にこども生まれた時は、羽根の冠を作って祝った。おれたちの家族が増えるだけでなく、外からも人がやってきた。おれたちはいつも寛大に受け入れ、集落も豊かになっていった。ところが、狩りがうまくいかなくなると、おれたちはお互いに何も知らないのだ、と気づいてしまった。
この数日間、まともな獲物がとれていない。作戦や役割に不平が出始めた。狩りの作戦を守っていないやつがいる、いや作戦自体が間違っている、狙う獲物を変えるべきだ、いや狩場を変えればよい。新しい場所は危険が多い、けが人が出ては大変だ。二手に分かれて行動すべきだ、いや力を集中させるべきだ。言い合いをしている暇があったら昨日と同じ作戦で出発するべきだ、同じ過ちを繰り返せば消耗するだけだ。
晴れた日に狩りに出かけなかったのは、初めてだった。その夜、この集落で初めて人が殺され、宗教が生まれた。集落は結束し、さらに大きくなっていった。