長年会っていない友人Tに会いに、新幹線で向かった。土曜の朝に乗車すると、大会に向かう学生団体らしく、シンクロナイズドスイミングのメイクをばっちり決めた女子が車両を埋め尽くしていた。髪をテカテカに固め、目元は黒い蝶のようなアイメイクで皆、同じ顔。車両の扉を開け入ろうとした時、数十の目が一斉に扉のほうを向いたのでぎょっとした。現地に着いてからではなく、学校や自宅でメイクをしてから新幹線に乗りこんだのかと思うと、プロの団体ではなく高校生か大学生だろうか。メイクのせいで顔のちがいだけでなく、年齢もわからなかった。

そのシンクロナイズドスイミングの選手たち数十人の団体の後ろに空きがあり、そこに私の席があった。同じ並びに、学生を引率している教師がいるようだ。選手が時々、後ろを向いて教師と話している。新幹線の座面の上に、同じ形の頭が見え隠れしていて、時々ひとつふたつがひょこひょこ飛び出し、後ろを振り返る。ここは水中かと思った。

新幹線を降り、待ち合わせ場所に着いたのは約束の時間より少し遅かった。さいわい友人Tもちょうど着いたところで店の前で出くわした。会うのは十年ぶり。それでも目が合ってすぐわかった。変わってないね、とありきたりな言葉をしみじみ交わした。友人Tは奥さんと娘さんを連れていた。簡単に挨拶をし彼女たちはおれを上から下まで見ていた。

喫茶店の中に入りボックス席に座る。こういう再会の場所を酒ではなくコーヒーにしたのは、Tの家族も同席する為だった。娘さんはジュースやアイスクリームを頼む。Tの奥さんに、友人Tと再会に至った経緯を話し始める。娘さんはとても明るい子で、父親にたくさん話しかけていた。友人Tとおれの話は、娘さんの質問や言葉に絡めとられて、なかなか先に進まない。でも、それでよかった。
Tの奥さんが「この人は十年くらいのことを全然話さない」「唯一でてきた友人の名が貴方だ」と言った。それで物珍しく再会について来たそうだ。その友人が本当にいて安心した、とも言っていた。

娘さんの世話や話の合間に、友人Tとおれはぶつ切れのうどんみたいな会話を続けた。話題は仕事や健康。おみくじに書いてあるような話題ばかりだったが、十年間の近況は情報交換できた。その途中ひとつ、こんな話で笑いあった。

友人Tは以前スパイ活動をしていたが今は退役している。しかし今も当時の事は話せない。その頃の友人知人とも接触ができない。だから、奥さんや娘さんにもその頃の友人の話はできないのだが、ある時ふと友人の名を口にしてしまい、家族から「会ってみたい」と言われる。そこで、おれが雇われ、台本通りに友人を演じに来た。

しばらくして娘さんが退屈し始めたところで切り上げることにした。店を出てから駐車場で立ち話をし、友人Tが車で去るのを見送った。おれも帰路に着いたが、すぐに帰れずまわり道をした。
友人Tと再会できてうれしかった。十年前は住む場所も生活も近しく数日とあけず会っていたが、今はもう違う。その変化を経て同じ話ができるかと思っていたが、その心配はなかった。むしろ話は多少合わなくてもお互い代わりはいないのだ。うろうろと歩いているうちに風が冷たく身体が冷えたので足早に家に向かった。おれたちは友人を演じたという冗談を言わないほうがよかった。